
青池保子『アクアマリン』集英社「月刊セブンティーン」1976年2月号~5月号掲載
和田慎二『朱雀の紋章』集英社「別冊マーガレット」1977年6月号掲載
1970年代の横溝正史ブームの中で、少女漫画家も「横溝テイストの」という作品の依頼を受けました。
この2作は横溝の某作品を彷彿とさせるものがあります。
以下、真犯人については触れませんがネタバレを含めて語ります。
横溝正史の作品についても同様です。
また、作中表記に準じた差別的な表現があります。

『アクアマリン』は、ロンドンを中心としたイギリスを舞台とした作品です。
小説家のテレンス・リードは原稿を仕上げた気晴らしにどこかに旅行に行きたいと仲間内で話し、学生時代からの付き合いであるギル・ケインにロンドンから車で約2時間の距離にあるソールズベリーのバリモア伯爵の城を紹介されます。
ギルは当主エドガー・バリモアの孫の家庭教師をして大金の報酬を得ています。
バリモア家には暗い歴史があります。
16世紀にはトーマス・バリモアという海の色の瞳を持った美しい少年が18歳で死ぬまで18人を殺したと言われています。トーマスが殺した者には実の兄マルコム、妹エリザベス、義母マーガレットも含まれ、トーマスが捕らえられた頃にエーボン川に身を投げた妹のマリアは実の兄トーマスの子を身ごもっていました。トーマスはその瞳の色からアクアマリンと呼ばれていました。
現在のバリモア城には当主エドガー、その息子アルバートと妻のイザベル、アルバート夫婦の子でありギルの教え子であるピーター。そしてアルバートの妹であるドロテアと夫のマキシム。ばあやのゼダ。ピーターの養育係であるロアン・ウェルズという若い娘がいました。
エドガーは横暴な人物で、家族関係はぎすぎすしています。ドロテアとギルは秘密の関係を結んでおり、マキシムは、皆「人間の皮をかぶったけだものだ」と言います。
庭に出たテレンスとギルは天使の像の横に立つ金髪と海の色の瞳を持つ、400年前のトーマスの肖像によく似た少年の姿を目撃します。
彼らが屋敷に戻ると、マキシムが「ロトの罪は許されぬ」と書かれた紙と薬瓶を傍らに、ベッドの上で死んでいました。エドガーは自殺者を出したことはバリモア家の恥と警察を呼ぶことを禁じます。
翌日、テレンスが遅い時間に目覚めるとギルが皆はマキシムの埋葬で墓地に行き、城にいるのは彼らとロアンとエドガーだけだと言います。
庭に出たテレンスたちはロアンがエドガーに「おそろしいことはやめてください」と叫ぶのを聞きました。エドガーは昨日見た天使の像の傍で何かを探しています。
そこに狂ったような笑い声をあげたトーマスに似た少年が剣を持って現れ、エドガーの胸を刺します。ロアンは彼を「アクアマリン」と呼びます。
かつてエドガーは森に捨てられていた白痴がかった美しい子を拾い、アクアマリンと名付けて13年間さまざまな悪徳を教えました。アルバートとドロテアもその美しいけものを面白がって見ていました。ですが牢獄に閉じ込められていた少年は徐々に衰弱していき、医者にも診せられませんでした。両親を失ったロアンは父の学生時代の友人であったマキシムの世話でバリモア城で働くことになり、アクアマリンの看病をしましたが彼は半年前に亡くなりました。
ゼダはアクアマリンの死を信じず、彼が埋められたという天使像の傍を掘りますが、そこから発見されたのは人骨でした。
テレンスはロアンに恋情を抱きますが、彼女は1年前に死んだ恋人デビッドの写真が入ったロケットペンダントを身に着けており、テレンスの求愛を拒みます。
テレンスはロンドンに戻り、友人エディの知人であるルポライターのピートからバリモア家の「18年前の不祥事」の話を聞きます。
それはエドガーがブライトンにあるバリモア家の別荘で女中に子を産ませたということと、ドロテアも父親不明の私生児を産んだという二重のスキャンダルでした。
以下ネタバレ。
旧約聖書に書かれた物語ではロトは妻を失い、ふたりの娘とほら穴に住みました。姉妹は父に酒を飲ませて肉体関係を結びます。そして姉はモアブを、妹はベニアンミを産みました。余談ですが妹の子は「ベニヤミン」の誤植かと思いましたが、アモン人の始祖ベン・アミのことだそうです(創世記より)
ドロテアが産んだ子は実父との間の子でした。
当時の女中は産んだ娘、アンジーと一緒に暮らしています。
18年前、彼女には夫と8歳になる息子がいました。しかし妻がエドガーとの子を産んだために夫は酒浸りになって息子を連れて家を出ました。
彼女はアンジーを連れて現在の夫と再婚し、息子を産みました。
ドロテアの産んだ子は育ての親の元で育ちましたが真実を「バリモア家の使い」に明かされ、自分が罪の子であることを知って自らの命を絶ちました。彼の名はデビッド。写真では20歳くらいの青年に見えましたが、17歳だったのでしょうか。
友人に連れられて地方を訪れた男が、その土地で出会った女性に心惹かれるという構図。
幼い頃から悪徳を教えられた美しい外観と狂気を持った少年。
己が罪の子であると知って命を絶った恋人。
これらのエピソードは複数の横溝作品を彷彿とさせます。
2006年発行の「青池保子コレクション」でのあとがきには「どろどろの因縁話てんこ盛りにした」とありますが、あまり怖がられなかったそうです。
話を作る前に青池保子は横溝小説をたくさん読み、一ページ目から胸騒ぎがしたのが『悪魔の手毬唄』と書いています。
そう、この作品には青池姓の人物が出てきたのです。小説で青池姓を見たのはこれだけだそう。
(そして思いきり映画ではどの役者さんが犯人と書いてます…まあ役者さんご本人が自分が犯人役やると言ったの有名ですしね…)

『朱雀の紋章』は2006年に描かれた和田慎二自身によるメイキングによると「横溝正史風の和モノで」と依頼を受けたものだそうです。
ただ和田慎二はどちらかといえば乱歩派。超難産で描き始めた頃には時間もなく、満足に背景も入れられずにいたところで原稿を持っていかれたとのこと。
10年後に読み返したら「カットしたエピソードいろいろ思い出した」と描き足そうと思ったけれど画風の変化で無理だったと。
そんな作品は昭和7年の山奥の村が舞台です。
猟奇趣味を持ち、探偵志望の天知信乃(しのという名ですが男性)と友人の伝承や浪漫に興味を持つ遠見大二郎は七鬼部(なおにべ)村に向かう途中の霧の中で般若の面を付けた女性を見かけます。辿り着いた洋館は七鬼部村とは逆方向の朱雀家。家の者に聞くと七鬼部村は湖の対岸にあり、湖にはあちこちに小さい渦があるために小舟で渡るのはまず無理と言われます。
信乃と大二郎は半日がかりで歩いて村に向かいます。途中で洋装の紳士が複数人のマタギ風の男に襲われているところに遭遇し、紳士を助けます。紳士は朱雀家の主人である大吾。襲ってきた男たちは【猿】と呼ばれていました。やっと村に着きましたが、訪問先の宮坂教授は先月亡くなったと聞かされます。教授の死体には両手首がないという異様な状況。この日に訪ねてくるようにという手紙が事前に送られてきていましたが、何者が教授を殺したのでしょうか。
朱雀家は崖の上にあります。
館の下部には湖の水面に接した洞窟があります。
湖には七つの小島がありますが、それぞれに鬼火がともり、ひとつずつ朱雀家へと向かっていきます。
洞窟には大吾とじいや、そして面を付けた6人(泥眼、蛙、般若、小べし見(べしの字は「悪」にやまいだれ)、大飛出、慈童)がいます。もうひとり来るはずの【中将】はまだ来ません。6人は大吾を父と呼びますが、それまで面を外した互いの顔を見たことはありません。大吾は千晶を未熟者と罵り、館に上がらず島に戻れと言います。
千晶はひとり小舟に乗って島に向かいます。
信乃は大吾を助けたときに大二郎が負ったかすり傷を重症とし(ギャグタッチで描かれていますが大きな石によって杖なしでは歩けないようにしています)手当てのためにと朱雀家に寄ります。
干された洗濯物から大吾以外に娘も含めて5、6人いることを把握します。信乃は一般人が持つことのない改良型の14年式南部銃を持っていました。
夕食時に信乃たちは5人の息子と娘を紹介されます。千晶と【中将】の豊丸はいません。美しい姫(という名)に大二郎はひとめぼれします。
彼らは目が弱く、明るいところでは濃い色ガラスのゴーグル状の眼鏡をかけています。
ある風の強い日に山で豊丸の死後何日か経った死体が見つかります。湿地では背中に10数か所の傷を受けた亜矢の死体が見つかります。
朱雀家の蔵書を見ていた信乃と大二郎は夜更けにもかかわらず小六が小島に向けてカンテラをゆらし、小島からも応答があることを見て小舟でその島に向かいますが、渦に巻き込まれます。
彼らは千晶と会います。千晶はあの日山で会った【般若】は自分だと明かしますが、彼女には殺気がありません。
かつて宮坂教授は渦に流されて千晶と知り合い、本を持参していろいろと教えるようになったと言います。渦が止まる時間帯を教えられた信乃は毎夜千晶の許を訪ねるようになりますが、小六もそれを知ります。
千晶は物心つかない頃から17年この島で育ち、月に一度何日か来る父から修練を受けていました。大吾が小舟で渡るときの灯りが人々には鬼火に見えたのです。
7人の子は7つの小島でそれぞれ育っていました。幼い頃は男女の違いがなかったけれど、成長して女らしい体型になった千晶は修練についていけなくなりました。
そしてまた新たな死体が見つかります。
信乃は探偵根性から朱雀一家に一連の事件について聞きます。
7人は人を殺すように仕立て上げられた殺人人形と信乃は言います。
7人中3人が殺されたため千晶も島から呼ばれ館で暮らすことを許されます。
信乃と千晶の親密さに大二郎はふてくされますが姫に散歩に誘われて喜んで山道を歩きます。姫は大二郎に信乃と共に東京に帰れと言います。誰が犯人かはわからないけれど、朱雀家の連続殺人が彼らにも―と語っているところで何者かの気配を感じます。
信乃はふらつく千晶と遭遇します。彼女は何者かに頭を殴られ、気が付くと周囲にはマタギ風の男たちが倒れていました。瀕死のひとりは「木霊」「日座巻の…」と言い残して亡くなりました。
そして姫と大二郎も何者かに殺されました。
信乃は銃を小六に託し、千晶を守れと言って調査のために東京に戻ります。
この時点で朱雀家にいるのは大吾、じいや、正蔵、小六、千晶だけです。
以下ネタバレ。
信乃はK大の矢崎教授から「日座巻」は奥羽山脈の一角に住む閉鎖的なマタギの部族と教えられます。
そして「木霊」についても。
信乃は殺し合いは朱雀家の財産目当ての後継者争いだと思っていましたが違ったのです。朱雀家は政府と結びついて暗殺者を育てる養成機関。7人の子は大吾の実子ではなく買われるかかどわかすかで集められたのです。
ある子は日座巻から連れてこられました。村は首長を神聖視するあまり異様の形で跡取りを決めていました。頭目は年頃になった実娘と交わって生まれた男子を後継者としていました。首長の血をけがさぬためのそれは長い年月のうちに「木霊」を生み出したのです。
木霊はひとつの身体に宿る別の人格であり、邪悪なものでした。
最後にある人物は愛した人の亡骸を小舟に乗せて流します。
事件の全貌は軍部が調査しましたがうやむやに処分されて歴史の中に消えていきました。昭和7年は日本が暗い激動の時代に向かってのめりこみつつある時期です。
殺人兵器として育てられた子
湖畔の館で出会った美しい女性に心惹かれる東京からきた男(信乃も大二郎も)
事件の真犯人
これらのエピソードもとある横溝作品を彷彿とさせます。
「血」を重視するために父と娘が子を成すというものはいわゆる因習もの的に感じさせますが、横溝ものとは違うなと思います。
カットされたというエピソードも見てみたいものです。
少女漫画として主人公と滞在先で出会った人物との恋は必須。
そして邪悪な美少年・美少女も好まれるもの。
悪い父親と実娘の間に生まれた子という、読後に強い嫌悪感を残す設定は、当時の少女読者にどのように受け止められたのでしょうか。
しかし和田慎二の漫画は『スケバン刑事』でもそうでしたが主人公の友人が容赦なく残酷な死に方するなぁ…
