【ネタバレあり】岩井志麻子「べっぴんぢごく」を読みました

※差別を受けた人物の物語について語っています。差別的な言葉や描写が出てきますが、作品に準じたものです。

先日「怖い話名著88」を購入しました。

『怖い話名著88 乱歩、キングからモキュメンタリーまで』(朝宮 運河) 製品詳細 講談社
怖い話は好きですか? 大好き! という人もいれば、ちょっと苦手ですという人もいるでしょう。しかしどちらの人にも否定できないひとつの事実があります。それは人類の歴史は怖い話とともにあった、ということです。 現代のわたしたちが活字で楽しんでいる...

個人的に小説『八つ墓村』を因習村ホラー扱いされることには思うところがあります。
(松竹映画での『八つ墓村』は完全にホラーであると思いますし、ホラー映画として傑作だと思います)
ただ戦前の乱歩・戦後の横溝として、そして現在入手できるものとしてのセレクトならまあそうなるよね…とも思います。
『面(マスク)』や『丹夫人の化粧台』のような傑作怪奇短編は戦前に書かれたものだしなあ。
ちなみに角川文庫で傑作選として発売されたものの編者である日下三蔵氏の解説はこちら

ミステリの帝王はホラーも怖い! 15年ぶりの新文庫『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』 | カドブン
【カドブン】“新しい物語”に出会える場所がここにある。オリジナル連載・作家インタビュー・話題作のレビューや試し読みを毎日更新!話題作&ベストセラーの魅力を徹底紹介していきます。

2018年発行のこちらはなんとKADOKAWA公式では在庫なし。店頭で偶然見つければラッキーというものか。本は欲しいと思ったら買っておかないと買えないものになっていると改めて実感。

脱線しましたが、「怖い話名著88」を読んで興味を持った岩井志麻子『べっぴんぢごく』を読みました。先日発売された角川ホラー文庫版です。

「怖い話~」の編者である朝宮運河氏による解説はカドブンに掲載されています。

【解説】因果の闇を彷徨うて――『べっぴんぢごく』岩井志麻子【文庫巻末解説:朝宮運河】 | カドブン
岩井志麻子『べっぴんぢごく』(角川ホラー文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!

2006年に単行本が発行され、今回角川ホラー文庫で発行されたこの本は第十三章が書き下ろしとして追加になったというもの。
表紙には七人の人物が描かれています。
(一人、ヒトと呼ぶには…な人物がいます)
竹井家は一代置きに美女と醜女が生まれる岡山北部の名家。
主人公は美女シヲであり「家」というか家にある「あるもの」。
明治22年に生まれ、平成5年までを生きたシヲから紡がれた女たちのドラマは、死者の影はあるけれどホラーというよりも物語として面白いです。

書き下ろし追加は令和の時代を舞台としたもの。
「家」は築200年を超えて増改築もして洋式トイレもあるけれど、変わらずに「それ」はある。
昭和100年に当たる今、順番通りに美人に生まれた女・羽南(はな)は「最高の地獄」を望む男と出会う
最悪で最高の物語でした。

人間関係が複雑なので年表と系図を書いてみました。
シヲの生没年は原作記述通り。年齢は戦前設定でも満年齢です。
ざっくりと書いたものですので整合性は無視してください。
ネタバレを含みます。


結合双生児には男女は生まれないと高階良子の漫画で読んだ覚えがありますが(Wikipediaによると実際に誕生例はないそうです)
この物語では名医に分離手術を受けて兄は父と、妹は母とと離れて育ち、兄妹と知らずに出会い…ということが語られています。
シヲは実の父の顔も知らずに育ちますが、「父」の影はずっと身近に感じます。
竹井家の一人娘である狂ったとみ子に人形のように可愛がられ、母の死後に竹井家にとみ子の遊び相手として引き取られ、とみ子の死後に養女となし、竹井家を継ぎます。
その後に生まれた女たちは顔も知らないシヲの父や、とみ子の影を感じ、美しい娘も醜い娘も子を成して次の世代を紡いでいきます。
醜いけれど誇り高く、才媛であったふみ枝。
幼い頃から美しく、男を破滅に導き、東京に出たけれど女優としても歌手としても才能のなかった小夜子。
その娘たちもまた、時代の流れの中で生きていきます。
時代が変わり、家の周辺も変わり、乞食はいなくなり、それでも竹井家の「業」は続いていきます。

書き下ろしの令和を生きる羽南の時代にはシヲはもう生きてはいないけれど、羽南も母親の亜矢もその気配は感じています。
周りの誰よりも美しく生まれ、勉強はできなかった羽南が歩んだ物語はある意味「地獄」です。ですが羽南はけして不幸ではないのです。
結末はある意味ハッピーエンドと言えるのかもしれません。

ネタバレなある部分

醜くガマちゃんという綽名を付けられ、おどけて生きてきたけれど卑屈ではない亜矢は大学で菜音と出会います。
女の肉体をして戸籍上は女だけど心の内では男性的な菜音は本名はナオですが亜矢の前ではナオトです。
ふたりは演劇部に所属します。周囲はふたりはレズビアンのカップルなのかと言いますが、亜矢はナオトを男としてでもなく女としてでもなく、人として好意を抱きます。
同じ布団で眠るけれど性的な関係は持ちません。
ふたりは亜矢も知らないはずのシヲの祖父母、両親である乞食たちの物語を劇として企画します。
ナオトはもしかしたら亜矢の先祖に教えてもらったのかもと言います。
亜矢の母の未央子が亡くなり、実家に帰った夜、菜音の真実が明かされます。
菜音は半陰陽であり、男性器も女性器も持っていたのです。
ナオトと亜矢は結ばれ、シヲが亡くなった後に妊娠がわかります。
ですが菜音の両親は卒業後に菜音をシンガポールに留学させ、そちらの企業に進学させます。
亜矢は未婚の母となりましたが生まれた羽南をきちんと育て、竹井家が所有する土地や建物の管理をし、ビジネスでは成功、ボランティアや寄付にも積極的な地元の名士となります。
ですが母の愛情も美貌も持っている羽南は流されるままに生きて歌舞伎町で生き、美人でも30を過ぎればトップではいられなくなり、一流ではないホストを愛しているわけでもないのに一緒にいます。
シヲは幼い頃から母が身を売り、とみ子が恋で破滅したことを知っていたために夫には不細工で真面目な男を選びました。この人を好きになることはないからと。
羽南は「自分に惚れてくれる真面目な男より、自分を雑に扱う駄目男に向かうのはずっと片思いしていたいのもある。片思いというより、男に翻弄される自分自身に恋していたい」と思っています。
羽南はある意味進んで地獄を選んだ女なのです。

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